テラオさんの家でリフォームの相談をしていた。
この和室の箪笥を無くしてすっきりさせたいの。寝室にしているから地震でこれが倒れたら怖いですもの。テラオさんはどっしりした北海道の民芸家具を二棹指差して言った。
ええ、隣の部屋の押入れをクローゼットにすればこの箪笥は必要なくなりますね。使いやすいクローゼットにしてここをすっきりさせましょうか。広い和室になって気持ち良くなりますよ。
そうね.....とテラオさんはちょっと遠いところを見る目になった。
このどっしりとした無垢の箪笥ははテラオさんが結婚された時ご両親が揃えてくれたもの。亡くなったお母様の、処分出来なかった和服も思い出のブラウスもここに入っている。
処分しなくてはならないと思うのよね。
このセーターはほらあの母が着ていたのよ、と淡い紫のセーターを撫でた。
居間のチェストの上には真っ白い髪を柔らかくセットし薔薇色の口紅を引いた美しいお母様がこのセーターを着て写真の中で笑っている。
暫くお母様の思い出話を聞かせていただく。
なんて素敵なお母様。生きているときにお会いしたかったな。
何回も、何回も逡巡して、やっぱり捨てられない。
快適に、身軽になるために捨てて、捨てて、捨てまくって、でも最後に捨てられずに残るのは懐かしい人の思い出がつきまとう物になる。
私が捨てられないものの一つにこの子猫の小物入れがある。
9歳の誕生日に父からもらった。
父の「はい、これ」というひどくあっさりとしたものの言い方ではあったが父から誕生日のプレゼントをもらったことが無かったのでびっくりして父を見た。
父は何事も無くそそくさと行ってしまい、私は小さな包みを開けた。
実に可愛い瀬戸物の小物入れが出てきた。歓声を上げて嬉しそうに目を上げた私と照れくさそうな父の目が会った。
それからこの子猫の物入れは常に私の机の上にあった。
結婚してからは私の腕時計と日常使いのアクセサリー入れになった。
一度落として割ってしまったがアロンアルファでくっつけて直して今も使っている。
温かな家庭の味を知らずに育った父は私達子供達への接し方は不器用だった。
でもこの子猫の物入れを見るたびに、ごく普通の家庭を持てた父の嬉しさを思う。
ノンコと呼ぶ9才の娘のためにこの小物入れを買いもとめた父は、照れながらも嬉しかったに違いない。
だからこれは捨てられないのだ。
しかし,ちょっと待てよ、と夫は言う。
あなたの捨てられないのはそれだけじゃないでしょう?
あの引き出しの中の山盛りの靴下、あれはなんなのだ?玄関に置きっぱなしの工事で余ったとか言う金物、あれはどうなんだ?早く捨ててくれよ、と。