横浜の現場から早めに家に戻って車を駐車場に入れようとしたところで 社長のスナコダさんか電話があった。 いつもの穏やかなおっとりとした声でこう言った。
なんか ヨシダさん指を切ったみたい。今日はもう帰るそうです。だから今日の仕事はこれでお仕舞いです。
私は先ほどまでヨシダさんと現場にいた。なんとなく疲れた様子のヨシダさんに今日は無理しないで早く帰ってよ と言って私は現場を後にしたのである。心配になって電話した。
どうしたの?
コンプレッサーに指を入れてしまって 切ってしまった。
どんなふう?
肉が切れた。
指....取れた?
取れてない。でも 痛くてよー。どこかこの辺の病院知らない?
それを聞いて ヨシダさんの怪我がひどいことが分かった。ヨシダさんは病院が大嫌いなのである。その彼が病院に行きたいとは!
慌てて家に飛び込んで家にいた夫や息子、息子の友達に事情を話したら、皆がすぐ救急車を呼んだほうが良い、と言う。
119番に電話してからヨシダさんに すぐ救急車が来るから待ててね、私は夫と搬送先の病院に行くから と言ったら「ナニッ!救急車?!ギョエー!!」という叫び声がした。問答無用。有無を言わせず電話を切る。
夫と横浜の病院に着いたらヨシダさんは誰も居ない待合室にポツンと座っていた。
救急車を呼んだのは正解だった。救急車の中で搬送先を二つ断られて三つ目の病院が引き受けてくれたそうだ。お盆休みに入ったこの時期は多くの病院が休みだったし時間も土曜日の夕方でもあった。
幸い骨と爪は無事で五針縫っただけで済んだ。
良かった、良かった、骨と爪が無事だったのは不幸中の幸いだったわ。
すまなかったな、安達さん。安達さんには暫くは何にも言えないね。
いえね、ご主人 とヨシダさんは夫に言った。
私と安達さんはよく仕事のことで喧嘩するんです。でも暫くは何も言えない。
そうよ!ヨシダさんは当分何も言えないわよ。私は貯金した気分よ!
するとすかさず夫が言った。
何を言ってるんだ、貯金じゃなくて ヨシダさんに借金を返したんでしょう?
まぁ人聞きの悪いこと。喧嘩ではなく私は一方的に言われている と思うけれど。
確かにヨシダさんとの仕事はは最初はひどくやりにくかった。
尺、寸の世界の吉田さんに1mm 2mmとmm単位で実に細かい話ばかりしようとする私に露骨に嫌な顔をした。
「この狸」と言われた時は 二度と一緒に仕事をするまいと思った。
最近のことである。やっと安達さんが何を言いたいか分かるようになったと言ってくれた。
安達さんのような細かい仕事は俺しかやれない とも言う。
そしてmmが細かく記入された私の図面を壁に張ってダンプカーのようにガンガンと仕事を進めてくれる頼もしいパートナーとなった。
もうあれこれとぶつかり合うことは とうに無くなった。
でも やっぱり私は貯金した気分ではある。
ヨシダさんの指の包帯は日ごとに小さくなって、来週 抜糸。