関越自動車道のサービスエリアのレストランで昼食を食べていた時のこと。
食事を終えた隣のテーブルの紳士が立ち上がって近づいてきた。
いやー、実に美しい脚ですね。失礼ながら さっきから惚れ惚れと見ていました。
私と夫は食事の手を止めてあっけに取られて「?」と その紳士の顔を見上げた。
すばらしい筋肉!何か運動されているのですか?
紳士は夫の脚の筋肉を褒めていたのであった。勿論水ぶくれしたような私の脚ではない。夫は半ズボンから膝から下 赤銅色に日焼けした毛脛の脚を出していた。
夫は笑いながら ええジムに行っています と説明する。
私もスポーツしていますが いやー あなたの脚の筋肉はすばらしい!
紳士が行ってしまったあと私達は大笑いした。良かったねぇ 褒められて!
喜んだ私は そうでしょう!なんならTシャツ脱がして肩と胸の筋肉もご覧になりますか?と言いたくてしかたなかったのよ。きっとサラブレッドのオーナーの気分ってこんなよね。
夫にジムに一緒に行こう と誘ったのは私のほうだった。
ちょっと行ってみたら回数を重ねるごとに鉄の重さは面白いように上昇してくる。重さのキログラムの数字はそのまま筋肉の量を表しているようで面白かった。
夫の体は肩と胸が厚みを増し 体型が変わってきた。なんとマッチョになってきたのである!年なんて関係ないのね。やってみるもんだ。
しかし ジムに誘っておきながら嫌になったのも私だった。
まずジムの鉄製の機器がぞっとする分娩台にそっくりなのだ。30年前長男を出産する時これに実に良く似た鉄のベッドの上で七転八倒して苦しんだ悪夢の24時間を思い出す。
鉄の錘は拷問の機械を連想させる。古今東西 時の権力者はこれに似た機械で人に死に至る残酷な苦しみを与えたのだろう。「しぶといやつだな。もう一つ乗せろ!」と言ったのだろうな。錘を増やすたびに考える。
ランニングマシーンはいつかテレビで見たマウスの実験を思い出させた。マウスが運動を止めないように立ち止まると背中に針が刺さるしくみになっていた。苦しかっただろうなねずみ達。ランニングマシーンの上で私はねずみになりきっている。
しかもそこに来る人達は大きな声で言えないけれど 皆筋肉オタクのネクラだ。
そんなことばかり考えるうちに本当にいやになった。
ジム通いを止めて久しい。
私の体は水ぶくれのぼんやりしたシルエットになった。
ジム通いを続けている夫は素敵な体になった。
娘にお父さんの体が褒められたのよ と自慢した。
娘曰く。そんな非生産的なことで筋肉つけても意味無いじゃない。理解できないわ。新聞配達して筋肉つけたらどうなのよ。あほらし と。
左官職人の娘のおっしゃるとおりである。まことに ごもっとも。