まだ空は明るく、何千羽のツバメが空を飛び交う9時過ぎ、私達はホテルを出て円形競技場に行った。
「アイーダ」は古代エジプトの、いずれかの時代の悲恋のお話である。
さぞ、豪勢な舞台装置であろうと楽しみにして行ったのに、舞台にあるのは何十メーターもあろうかと思われるクレーンのタワーが舞台の中央に二台林立しているだけだった。いったい工事現場のような、無粋なコレは何なのだ?とびっくりすると夫が今回のアイーダは前衛的なのだと言う。少しがっかりして席に座り、始まるまであたりをウォッチングする。
紳士淑女の皆さんはカクテルドレスあり蝶ネクタイのスーツあり、見ていて飽きない。
アレアレ…腰までスリットの入ったチャイニーズドレスを着たおばあちゃんがいる!
ほとんど裸状態のあの娘さん、寒くは無いかしら?
あそこまで脚を出さなくてもいいのにね。
あのおじさん、椅子にはまらないよ…
あのハイヒールは怖いよ。足踏み外したら、絶対捻挫する。
自分のことはかまわずあたりの人を眺めてひそひそ話をする。
私以外は、それなりの正装?をしていた。
しかし、舞台から遠い、円形競技場の上のほうの石段になった自由席の人々は皆Tシャツ姿のラフな人達だった。
やがてオーケストラが始まった。
前奏曲の中で松明を持った人々が次々に現れて石段を登り最上階に並んで立った。合唱の中で明るい光の玉を持った人々がマントのような衣装をつけて何百人も現れて私達の席を通りながら行進した。
マントをつけた子供達が行進をする。
大きな月がクレーンで高く持ち上げられて、一人の女性がロープで吊るし上げられてた。女の人は妖精のように空中の月の中で踊った。
凱旋行進曲の合唱の中でクレーンが動き始めて次々と鏡を貼った巨大な箱を積み重ね始め、第一幕が終わると同時に、それは一つの何十メートルもあろうかと思われる内側に湾曲した巨大な鏡となった。
三幕ではステージに水が張られて船が浮かび、エジプト女王アムネリス達を乗せた船が水音を立てながら進んだ。
四幕は圧巻だった。巨大な鏡がゆっくりと手前に倒れてくる。
その中で歌うアイーダと将軍ラダメスは黄金の万華鏡の中に入ってしまったようで目もくらむ美しさだった。
最終場面、さらに倒れ始めた鏡の箱はラダメスとアイーダの生きながらの墓をイメージさせ、最終的に鏡の箱が二人を覆い隠して永遠の恋を完結させて、フィナーレとなった。
オペラが終わったのは夜中の一時だった。
感想は…「凄い」
凄いね、凄いね、その言葉だけ繰り返してホテルへ戻った。
鳥肌が立つ「アイーダ」だった。