帰宅すると、テーブルにはワイングラスと、お皿が並べられていた。
あー、どうしょう!今日だった?ムトウ君達が来るのは?忘れていた!
慌てた私に、バカだねぇ…と夫が笑った。
息子とお嫁さんのキョウコちゃんがやって来て、それから久しぶりに娘が帰ってきた。
私の誕生会だった。
そうか、私は63歳になったのだった。
誕生日が来ることも忘れていたのだった。
化粧をやめたのは、今から18年前。
髪を染めたことも無く、額の上の白髪は増え続けている。
体の経年変化がちっとも気にならなくなったのである。これは良いことである。
なぜか。
早朝に、誰かといきなり会うことがあっても、たじろぐ必要は全くない。
私は、昼も夜も同じ…安定した老婆顔。
だってこれがいつもの、私のありのままの姿であるから。
お金もかからない。
朝、誰かを訪ねた時、人違いではないかと思うような老婆が出てくることがよくある。
いや、しかし間違いなくその人であり、その人は恨みがましい目で、まだ化粧もしてないものだから…と言い訳をする。その昼と夜の落差を、夫はどのように見ているのだろうか、と心配になる。
それほど、一般的に女の人は昼と夜の落差が大きい。
当然、美しく化粧する人ほど、落差は大きくなる。
そして年を取るほどに、昼と夜の落差は大きくなり、落差をつけるための努力もお金も年齢と比例して大きくなってくる。
そんなことに時間とお金と心を費やすのはやめたのである。
私は年齢を超越したのである。
実は、本当のこというと、私はケチで不精なだけである。
だから、一つ年とっても「べつに」「それが?」という気分で
何歳か?と聞かれて、返事に窮したことも無い。
何年か前、暑い夏の工事現場でのことだった。
のこぎりで木を切っていた大工のヨシダさんがだるそうに目を上げた。
アダチさんよー… たまには紅でも塗れや…
年取ってる人でも、きれいにしている人はきれいだぞー。そう言ってヨシダさんは溜め息をついたのだった。
今でもその時のヨシダさんの疲れた目を思い出すたびに吹き出してしまう。
しかしそれからも、私は紅を塗ったことがない。