声をあげて、泣くことを覚えた
泣きつづけて、黙ることを覚えた
まぶたを静かに閉じることも覚えた
穏やかに眠ることを覚えた
ふっと目を開けて、人の顔を
じーっと見つめることも覚えた
そして、幼い子は微笑んだ
この世で人が最初に覚える
ことばでないことばが、微笑みだ
人を人たらしめる、古い古い原初のことば
人がほんとうに幸福でいられるのは、おそらくは、
何かを覚えることがただ微笑みだけをもたらす、
幼いときの、何一つ覚えてもいない、
ほんのわずかなあいだだけなのだと思う
立つこと、歩くこと、立ちどまること
ここからそこへ、一人でゆくこと
できなかったことが、できるようになること
何かを覚えることは、何かを得るということだろうか
違う 覚えることは、覚えて得ることよりも、
もっとずっと、多くのものを失うことだ
人は、ことばを覚えて、幸福を失う
そして、覚えたことばと
おなじだけの悲しみを知るものになる
まだことばを知らないので、幼い子は微笑む
もう微笑むことをしない人たちを見て、
幼い子は微笑む
なぜ、長じて、人は
質さなくなるのか
たとえ幸福を失っても、
人生はなお微笑むに足るだろうかと
長田弘の「幼い子は微笑む」から
柔らかく、温かく、幼いハルト
ハルトを胸に抱いて 長田弘の「幼い子は微笑む」を読む
人は、ことばを覚えて、幸福を失うのだろうか
そして、覚えたことばと
おなじだけの悲しみを知るのだろうか
違う
幼子は ことばを覚えて、幸福と悲しみを知るだろう
そして 幸福と悲しみの意味を知るだろう
そして やがて 自分は幸福か 否かを 問うだろう
そして 幸福とは 何かを考えるだろう
ただ微笑むことしかしらない 幼いハルト
ことばを覚えて 幸福と そして悲しみの意味を その手でつかめ
青い空を見上げて
薔薇色の夕陽を見て
丸い月を見て
その足で大地に立ち
海原に身を委ねて
雨に濡れて
風に吹かれて
幸福を その手でつかめ
今は微笑むことしか知らないハルト
微笑みが それを見る人を幸せにすることも
微笑みが 己を幸せにするということも
あなたは いつか知るだろう
ハルト