白髭神社隣の賽銭箱のかげに隠れて賽銭泥棒を待とうか。
ほら、こんなふうに。
賽銭箱の向こう回って外を見た。
まあ、なんて素敵な新緑!
暗い本堂から切り取られた燃えるように輝く緑の風景は映画館の中のスクリーンのようだ。白髭さんはこんなに美しい舞台装置を作って私達それぞれの登場人物を見ているのね。
ひそやかに石の階段を踏む足音がして賽銭箱の向こうに頭が、顔が、やがて上半身が現れる。
一時こちらを見て、上の鈴を見上げて、ゴロンゴロンと音を立てて鈴を鳴らす。
財布から10円玉を出す。ついでに一円玉もみんなきれいに取り出して、チャラランと音を立てて賽銭箱に入れる。
それから、手を合わせて頭をたれる。
頭をたれる時間は五秒の人もいるし、いつまでも頭を上げない人もいる。
それからパンパンと手を打って、またこちらを一時見つめて
また階段を降りてゆく
肩が、首が、頭が見えなくなってひっそりと石の階段を降りてゆく気配が消える。
22日間毎日来る女もいた。
その女は気前良く必ず500円を入れていった。
しばらくして、妙にのどかな雰囲気を漂わせ彼がやってくる!
木の階段を3段上がって、運動靴のまま本堂に上がって跪き慣れた手で賽銭を取る。
「あんた-!いったい何やってんのよ!!」と私はいきなり立ち上がる。
暑くも無く寒くも無い。鶯のしきりに鳴くこんな日に本とお茶を持って一日賽銭箱の裏に寝転んで隠れているのも風情があって悪くない。
賽銭泥棒について、セキモトさんはこう言った。
ここにお賽銭を入れる人は悩みを持って来るでしょう。だからお賽銭を取るという事はその人達の悩みや苦しみまで持ってゆくのですって。だから、その人にとって良くないのよ。
金がどうとか言うよりよ、そいつにとって、良くないもんな、と白髭神社の隣の長谷川造船のミツルちゃんは言う。
賽銭泥棒は可哀想なんだ、と鳶のオオバちゃんは言った。
クワナさんは可哀想で胸が痛むと言った。
コンドウさんと土橋さんはアダチさんがその人にお金をあげたと思えば良いじゃないの。アダチさんにきっといいことあるよ、と言ってくれた。
捕まえよう!と言ったのは私だけであった。
小網代村の人々は皆優しいよ。
セキモトさんとミツルちゃんと私で彼がもう二度と賽銭泥棒などやるまい、と神に誓って思わせるような腰を抜かすような仕掛けを考えている。凄い仕掛けを。