母が亡くなったのはもう20年以上も昔になる。
母が死んだ時も その後も 暫く涙が止まらなくなった。
もともと涙腺が太い方だったが何かにつけ我ながらあきれるほど涙が流れて自分の意思で止めることは出来なかった。夫からもう泣くなと言われても、子供達が心配そうに黙り込んでも涙は後から後から勝手に出てきた。
そんな私を見て母の一番の女学校時代からの友人「ヤスダさんのおばさん」がこっそりと秘密を話すようにこう言った。
あのね、私はあなたのお母さんと話がしたくなったら夜に月と話すの。
いろんなことをあなたのお母さんと話してるのよ。
月を見てごらん。お母さんと話せるわ。
月....月と....?
ヤスダさんのおばさんは常に 物静かで観音様に似た優しさを湛えた不思議な人だった。ヤスダさんのおばさんのことだ。本当に母と話しているのだ。
それから月を見ると必ず母を思い出した。
痩せた母は三日月に似ていた。
母の後を追うように弱った父も亡くなった。
さて父はどうする?
父は月に一番近い 強く輝く星にした。
その星は母の周りを離れたり近づいたりして輝いていた。
父の星は金星だった。
いかにもそれは父であり、月は母であった。
月と話す。
アラ 今日はお父さんは?
飲み会だって。
話すのはそれだけ?
いえいえ 今日は疲れたの 風邪引いたの 頭が痛いの....
私が月に話すのは そんな泣き言ばかり。
いつも母の返事は同じ。今日はもう早く寝なさい。
何か想う夜、ふと見上げる空には
不思議と いつも私の目を覗き込むように 月がある。