一昨日の夕方、森へ入った時のことである。
森の谷間へ続く階段に立った時、森から不思議な音がしていた事に気が付いた。
カチッ
パシッ…バサッ…パキン
パシッ…バサッ…パキン
誰か、森の藪の中に入っているのだろうと思った。
藪の中の枯れ木をかき分け、枯れ枝を踏みしめて歩く音 そう思った。
そうじゃない。
森全体が音を立てている。
高い木の上から、小さな硬い木の実が降りしきっている音だった。
マテバシイの木のドングリだろうか。
しかし見上げても、リス達が木の実を落としているわけでもない。
強い風が吹いているわけでもない。
あらゆるところから、聞こえるこの不思議な音は、前日の森歩きの時は聞こえなかった。
確かに小さな何かが枝にぶつかりながら地面に落下しはじける。
その正体を見つけたかったが、はじけた何かは暗い草の茂みの中に転がって、確かめることはできなかった。
パシッ…バサッ…パキン
パシッ…バサッ…パキン
ポトン
夕方の大きな木の下の道を不思議な音に包まれて歩く楽しさ。
大きなマテバシイの木達は、本日の夕方に、どんぐりを下に落とそうと皆で相談して決めていたみたいだった。
さあ、マテバシイの皆さん!今日の四時からまだ木についているドングリは全部落としてしまいましょう!良いですね?全部落とすのですよ。まごまごしていると、春が来てしまいますよ!
この時間なら、もう人は来ないから。
アレ!でも、一人オバサンが森に入って来たよ。あそこ。
ホントだー
あのヒト、昨日もこの時間に森に来てたよ。私見たもん。
なんだよー、今頃森に来るなんてー
いいよ いいよ、ほっておけ、オバサンなんか。時間は無いぜ。
皆さん、お静かに。さぁ、落とし始めてください。二時間くらいで終わらせて下さい。鳥さん達がもう寝る時間ですから。
鳥: ウルセーなぁ。落とすなら、さっさと落とせや。
以上、風が通訳してくれた、森の中の話声。
あの降りしきる不思議な音が聞きたくて、今日も森へ入る。
しかし、今日の森は沈黙していた。
静かな 静かな 森の中。
ドングリは全部落ちたのだろうか。
明日からやって来る、強烈な寒さを予感して、森は黙りこくっていた。
いつもは賑やかな鳥達も、やって来る寒さに備えて、明日を待つ。
静かな森の中に満ちる張りつめた命の気配。
森は生きている。
都会よりも、強烈に命を感じさせる、不思議な世界だ。
明日から40年に一度の寒波がやって来るという。