三月十一日
五年前のあの日のように寒い日だった
夜、タカコさんに電話した
陸前高田に行きたい
タカコさんに会いたい
その町に行きたいと
そう思いながら五年も経ってしまった
五年前のあの日 タカコさんの体験したことを、
あの日からの五年間の事を
聞くために四月になったら陸前高田に行く
陸前高田は私にとって無縁の町ではななかった
その町は 友達のタカコさんが御主人と暮す町であり
タカコさんが津波を体験した町であり
私が 一緒に働く多田建設の会長、社長、奥さん達、大工さんの故郷であり
友達のイズミダ大工さんの故郷である
繰り返して放映された 陸前高田の津波のシーン
黒い波に呑みこまれ破壊されてゆく青い屋根の家の中には 一緒に働いた大工さんのご夫婦がいた
そうだよ、あの青い屋根の家だよ タダさんはそう言った
多田建設の方々から聞く 苦しい話
あの青い家
タカコさんの登った細い急坂
生死を分けた 急坂
タカコさんが目にした地獄の惨状
津波から逃れることはできたが海辺で働く夫の安否は分からない
助かった命も、今夜は凍えて死ぬのだろうと思ったその夜の体育館の怖ろしい寒さ
そして、外されたカーテンの向こうに見えた
絢爛たる満天の星の輝き
体育館での避難生活
ご主人との再会
いろいろなこと
いろいろなことを聞くために
四月になったら陸前高田へ行く
あの日の事
あの日からの五年間の事
陸前高田の事
この国の事
あの日から タカコさんは何を想ったのか
それを聞くために陸前高田に行く
行かなければ、と思って五年もかかった
タカコさんが言った
あの時駆け上った 急坂をやっと歩けたわ
行けなかったのよ あの坂道に
五年もかかったの
四月 桜が咲いているかもしれないね